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坂本龍馬

その人の道、人の道シリーズ

第六弾










意味の解らない、変な人間だったと思う。



だから、最終的に凄い行動ができるようになったのではないかと



私が見たところそう感じた。




ただこれだけは言える。


一人の下層レベルな人間が、日本を変えるくらいのことができるということ。


それは、元々誰にでもそういう力が備わっているのだろうと実感できる。


それは、誰にでも新しい世界や新しい時代を築いていくことができるという


『悟りの自由』という魂のパワーの証明である。






たまたまそういう時代だった。

たまたま都合良くうまく行った。



そう自分に言い訳をする者達は多いけれど、



それは坂本龍馬の魂の大切な部分を理解できていないだけではないだろうか?



それを見ようしないから、人は理屈や物を使って都合良く言い訳をする。




当時は、

誰も理解できないくらい変な人間で、訳の解らない人間だったということは確かである。



全ての事柄を、興味本位で見ていて、常に子供のようで、どんなに坂本龍馬をムカツク人間から
見ても、

どんなに恨まれても、常に好奇心旺盛でそれは常にハッピーでオメデタイ人間ではなかったのだろうか?


坂本龍馬を理解するためには、そのくらいの高いレベルで、そのくらい高いハッピーで、

見ていく必要があったりもすると、感じていた。








だから、当時の時代では、誰も理解出来なかった。



しかし、自由の時代が来て、


自由に外国と張る時代が来たときに、


ようやく、坂本龍馬という言葉が出てきて、


ようやく、司馬遼太郎が活躍した時代で、坂本龍馬という人物が世に知れた。



それは、坂本龍馬という男が、そのくらいの大きな自由な器を持っていたから、


その司馬遼太郎の時代で、坂本龍馬の理解を発見することができたのだと、


思う。




今までの時代は、龍馬を理解できないくらい、低い時代だったからこそ、


発見されることができなかった。






そう、


龍馬はその自由の時代を描いていたのかもしれない。


司馬遼太郎が生きた自由の時代。











常に好奇心旺盛で、どんなに喧嘩を売っても、

ニコニコしてて、人を包み込むような愛を持っている



訳の分からん人間。




そういう意味の解らない奴を理解するためには、





そのくらい高いエネルギーで見てみると良い。



そいつはバカだから、ちょっと油断を見せたらバカな死に方をしたが、


バカであるからこそ、あまり陰謀などに意識などしてなかったであろう。


それは本人からすれば何も陰謀などに絡んでいるつもりはなかったのかもしれない。



坂本龍馬の死に方やフリーメイソンの陰謀説を口説いて頭の痛くしている暇があるなら、


次に発見される大きく高いエネルギーを見つけよ。


龍馬の宇宙世界に低くぐるぐる惑わされてる暇があるなら。


っと、私は思う。






時代をはみ出す凄い人だったのは確かだが、



そのくらい、龍馬の器は大きい存在だったのかもしれない。



















坂本龍馬は、今でも日本を観ていると思う。




だから、時代の変化や日本の異変の前触れのように、『坂本龍馬』という物語や言葉が出てくるのではないだろうか。


リーマンショックから始まり311による日本の変化。


そんな狭間に、『坂本龍馬』という神様が、たくさんの日本人によって、助けとして呼び出された。






彼は、日本人に愛された、日本にしかない、日本に必要な一つの高度な、日本人だけの

『時代の神社』になっているのだと

私は感じている。



秘密のスピリチュアルセレモニー☆神々からギフトを降ろしてくエナジーワークをしております。
http://ameblo.jp/spiritualtraveler/entry-11757098718.html
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その人の道、人の道・・・『不良社員』

その人の道、人の道シリーズ

第五弾




不良社員


私が会社に務めていた頃の不良社員というものの話である。

他の会社はどうなのか知らないが・・・。


社会において、会社の二割の社員が人の数倍に実績を出し、成績が優秀だと聞いたことがある。

その中で最も最低な不良社員の層にいたのが私だった。

私の周りを見ていると、そんなデキナイ社員だらけである。

私は、何かの仕事を真剣にするたびに、競合的な空気に入っていく殺気のような気づきが嫌だからだ。

私は、そういうのは合わない。

自分は自分らしく、仕事に集中しても、なぜか組織やチームが強制的にそういう方向へ進むからだ。



私は息苦しくなり、

銀座のあるお偉いさんに、私が立案しようと考えているいろいろなプロジェクト企画を相談した。

東京に初めてきて、東京に家族が出来たかのような存在でもあった。

私はそこの美容院で髪を切ってもらいながら、そのお偉いおじさんに聞いた。

『今、占い的にもエネルギー的にも、ようやく耐える時期が終わり、ようやく私が考えていた企画を表に出そうかと考えている』

そしたら、そのお偉いおじさんは今まで黙っていたかのような事を言った。


そうだね、

会社に務めていると、必ず隠れてサボったり、真面目に仕事をしない人達がいる。

でも、そういう人たちの特徴は、本当は自分にはこういうすごい才能や自分にとっての筋のある正しいと思う考えがあるのだと思う。

でも、その考えや才能を会社が認めてくれないから、会社に対して社会に対して影で文句を言ったり、あるいは顔のわからないネット上で悪口を言ったりしている。

本当は素晴らしい人材なのだろうけど、

上の人間・・・・つまりマネージャやリーダーが忙しすぎて余裕がないのだろう。



私はなるほどと思ったが、それが今の自分の現状に当てはまることだと感じ取り、なんだか恥ずかしくなってしまった。


確かにそうだと思う。


オーム真理教から外れた宗教団体

光の輪に代表である上祐という男が言っていた事がある。



今回の地震(震災)で、

物凄く喜んだ人たちがいるんですよ。

その人たちは、大手企業の下の人たちが多いです。

なぜ、その地震で喜んだのか?
それは、自分にだけにしかないビジネスが出来るからである。
つまり、募金横領である。
自分で募金して、ほとんどが自分の財布に入っていった。

会社の幹部を悪者だと決めつけ、反抗を抱いている人たちである。

それを勝ち組、負け組という概念が受け継いでいる。


そのような事を言っていた・・・・。

貴族と貧民の革命社会のようなことを繰り返している・・ということを。





だから、私は気づいた。


この会社に居ては、このエネルギー世界に支配される一方だ・・・

って。



全ての人、モノを捨てる覚悟で、

”自分のために”この社会から抜ける必要があるのだろう

って。

今までは、

”お金のため”、”家族のため”、”会社のため”、”スピリチュアルのため”、”学びのため”

だと思っていた。


でも、そこに本当の自分はいないと・・・・初めて知った。

そこで、初めて本当の神様を信じられるようになった。




感じていたとおり、

私のプロジェクトは、時期が悪く失敗に終わった。


今まで、私は一体何をしていたのだろうか?って。

占いやスピリチュアルに振り回されながら、会社のために働いていた自分は爆発寸前だった。


もし、そんな会社に務めていたら、私も上記のようなビジネスをたくさんしていただろう。

放射能付きの車をたくさん売り飛ばしたり、国からもらえる会社をうまく作り・・・。


でも、私には目的があった。

そこから絶対に折れるわけには行かない信念があった。

だから、こういう方向に進んでいるのだろうと私は思う。




その方向は、絶対に壊れない壁にぶつかるまでは永遠に続くと思う。







面白いよね。


本当の神様と接触するために、

今ままでのスピリチュアルや今までの自分を全て犠牲にしてみた。


でも、

凄い勇気と決断が必要で大変だったなー



















それで、趣旨を戻して、

銀座のそのおじさんや上祐さんが言っていることは、

ちょっと過剰に言い過ぎだと思う。


ましてや、貧民と貴族の革命社会みたいな言い方はな~

どうしてそういう苦しい見方しかできないのだろうか?

どうしてそういう苦しく感じているのだろうか。

私はそう感じる。




『相棒』の杉下右京だったら、

その不良社員にこう口説くのではないだろうか?



その会社その仕事を、選んだのは貴方自身なのです。

責任もって続けるか、責任もって辞めるかの選択が適切でしょう。

でなければ、貴方は後悔を繰り返してしまう人生になるかもしれませんよ?

わざわざ後悔してしまう人生を見るよりは、この先まだまだたくさんの可能性があると、

私は思いますよー。






不良社員には、必ず何かを秘めているのだと思う。

自分はすごいんだぞ!!

それはもしかしたら、自慢や粋がってるのではなく、

実は本当に素晴らしい才能があって、それを懸命に会社、社会にアピールしているシグナルなのだと私は思う。

そして、幹部や上司にそれを知って欲しい愛なのだろうと私は思う。


それはつまり、100%自信があり、100%自信があるからこそ、反抗を抱く上司や幹部、社会を愛している自分がいるのだろうと私は思う。



だから、クソみたいな奴らと言われても、

会社を辞めることなく、いつまでもそこにいるのだろうと私は思う。

それは会社のエネルギー支配でもなければ、社会のエネルギーでもなんにでもなかったりする。






現に、


google開発のチームリーダーも、

フェイスブックの創始者も、

私から見れば、酷い不良社員だと思う。


好き勝手にしているんだから。







私が務めていた頃、

そんなクソみたいな連中と一緒に仕事をしてきて、いつの間にか見失い始めていた愛を見つけ、



そいつらと忘れないように自由という愛を分かち合うことができて、光栄だったと思う。



魂のエナジーの変容を与えていくエレメントイニシエーション・・・今月の予定は下記から
http://ameblo.jp/spiritualtraveler/entry-11759634727.html

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その人の道、人の道シリーズ 『警察官』

その人の道、人の道シリーズ

第六弾




警察官



八王子駅前を通りかかった時のことである、

交番に4,5人の警察官が集まり、何事か?と見たら、

一人のスーツを来たサラリーマンらしき男が、事情聴取されていた。

その男は少々感情的になっていた。



用事の帰りに再び八王子駅前の交番を通りかかったとき、

そのサラリーマンは、警官に怒鳴って怒っておりました。

その時見た、警察官は一見若くひ弱そうに見える人だったが、

一切びくともせず、真っ直ぐとして冷静にそのサラリーマンの話を聞いていた。

警察官だから当たり前である。


と片付けてしまいがちだが、

私はこれを見て、少しだけ深い世界を感じた。

それが今の警察でも当たり前なのか、私の考えすぎなのか、それは解らない。



私は、その警察官がまるで上と繋がっているかのように、自分なりの芯を保ち、しっかり冷静さを保ち、ぶれない自分が出来ているかのように感じたのだ。

今まで、警察官として『当たり前』と判断して流していた私は、そこからいろんなイメージというか気づきといっていいのだろうか、そのようなことが浮かび上がった。


きっと、

警察官には信念があるのだろうと思う。

私の知る限りでは、シータヒーラーやセラピストに『信念』や『正義』、さらには『英雄』と

言う言葉を発すると

それはエゴだとか二元性だとか、彼らの好きなエゴ説を繰り広げるのだろう。


私は、そういうつまらないスピ心理学に興味はない。

人の心は心理学で収まるものではないと思う。

心理学というのは、社会に生きていく上で、人の心や行動パターンというものを社会上で理論化したものに過ぎないことである。

そこにスピリチュアルを取り入れ、スピ心理学と言ってみた。

自己の追求を行うことで見えてくる自分の深層心理である。

つまり、スピリチュアルセラピストが独自で見つけてきた心理学というべきか。



私は、世界という視点から、世界という素晴らしさで、世界を見ることが好きだ。



警察という機関があって、社会が成り立っているということ。


(趣旨を戻して)

その警察というものを成り立たせるために、

警察官一人一人には、正義や信念というものがあるのだと私は思う。


その正義や信念を奥深くに持つことで、自分の芯を保ち、自分を強く保ち、

ぶれない自分を作っているのだと私は思う。


『洗脳』という言葉が好きな人から見れば、

それは、一種の『洗脳』なのであろう。

つまりそれは、信仰宗教と同じものなのかもしれない。


自分をぶれないよう、自分の芯を保つ。


つまり、自分の神聖さを保つことと同じである。


そのようにして、警察というものが成り立っているのだと思う。


私が見かけた、その警察官はとても美しく感じた。


『私は正しいことをしている』


だからこそ、間違っている人間が引き寄せられ、

間違った人間に、正しいことを教えているのだろうと私は思う。



ところで、

自分をぶれないよう、自分の芯を保つ強さ

その警察官の姿は、スポーツマンにも見えた。

信念というものは、『目的』を達成するもののためにあるのだと私は、改めて気づかされたと思う。


その目的が正しいことと判断しているものであれば、

それが『正義』となるのだろうと私は思う。




あくまで、私の実体験で見てきた話ではあるが。


今日はこのへんで。



☆毎月開催のエレメントイニシエーション☆
http://ameblo.jp/spiritualtraveler/entry-11759634727.html
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被害者意識の真実

ちょっと視点を変えると、実は違う世界が広がっていたりする、そんな日常生活での気づきをお届けする、のほほんワールドをお伝えしていきます。





被害者意識の真実






反日で盛り上がっている中国ですが、

いやはや、とても盛り上がるようです。



今日、お世話になっている中国系の方が言っておりました。


『中国人というのは、すぐに被害者になりたがり、被害者意識が強い』

っと。

なるほどねって、勉強になりました。

今は反日で盛り上がっておりますが、中国は領土問題になるとどの国でも被害者になりたがるそうです。

特に、日本というのは優しすぎて、何も言わず、謙虚すぎているからそのようにターゲットになりやすい。



石原さんも怒るわけだ。


また、個人的に感じたことではあるが、

性に対する考えは日本はゆるいと思う。

だから、ちょっとしたくらいのことで、セクハラ問題などが起きて、それがニュースに出されるのだと思った。


日本人がどれだけ、性に無関心で、しっかりしていないという問題でもあるのだと思う。

自己責任や自己意識といった大切な部分が忘れられ、結局、犯罪者と被害者を作って、それで終わりって感じがした。


そう言った意味では、中国やアメリカ、ヨーロッパはとても厳しいのではないだろうか。

物事ははっきり言うし、意思と意識が強く表現されている。

これは、日本に比べて、自由の国だからこそ、自己意識や自己責任が強いのだと感じた。



被害者意識って・・・・・

難しいね。


境界線が解らないんだもの。



だから、勉強が必要だったりするんだろうなって思いました。


でも、日本は交通事故の対応や対策はしっかりしていると思います。

交通事故が起きたら、被害者も加害者も両者が乗り物に乗っていれば責任として問われるわけで、どちらにでも責任があるわけで、それなりの大切さと自己責任の意識の配慮が、とてもしっかりしてるんではないかなって

深く感じました。



私が思うに、ここではなんとく勝手に

被害者意識と被害者の二つに分けてみました。


被害者というのは、

「こうされて、困っている」

「こういう状況になってしまって、~ができないから、~することができないから、困っている」

というような台詞が出てくるのではないだろうか。



そして、被害者意識というのは

「こいつが悪い!」

「セクハラだ!」

「中国のものだ!日本の国旗を燃やせ!日本のお店を荒らせ!」

っというような決め付ける台詞が出てくるのではないだろうか。





今の日本は、そんな中国を見つめる時でもあるのだろうと思う。

感情的にやって、冷静になったら

「はい、それで?」

っと中国の表情を伺うことが優先されているのかもしれません。

それが、日本の学びであり、石原さんの意思一つで、日本人は試されているのかもしれない。




被害者意識というのは、

自己が、良い悪いを決めつけたがるだけなのだろうと私は思います。

だから、怒ったり、悲しんだりのような感情が出てくるのだろう。


良い悪いの判別をしない

って、よくスピリチュアルなセラピストが綺麗事のように語っていたのを聞いたことがあるが、それが人によっては、結構難しい学びだったりするんですね。

お金の問題、家族の問題、人間関係の問題、性格の問題、

そうやって、人間というのは現実を突きつけられると、感情がコントロールできず、

結局自己の『良い悪い』で収めようとしてしまいます。

しかし、本当の自分では解決できていない。

だから、他者や食べ物や薬物などに依存するのであろう。


女子会、ママ友、自分のグループ、恋人、悪口、饒舌・・・・噂

男性で言えば、いじめですね。

男性のレベルだと過剰な領域になってくるかもしれません。

現実逃避、アルコールや薬物依存、暴力、宗教、絶対的な神様、社会的イメージ、社会的視点・・・・




人は依存することで、解決できない苦しみから逃れようとするのではないだろうか。



”人間というものには、そういう良い悪いが誰だって持っていて当たり前だ。”


それが、スピリチュアルなセラピストが語るところなのだろうと私は思った。

誰にでも人間というのは良い悪いが合って当たり前だ。

私はそれが比較的高く、綺麗事でもあると感じている。


なぜ、綺麗事だと思う?


それは、

『良い悪いものを持っていて当たり前だ。だから仕方がないのだ。』

って、流すかのように、諦めるかのように、ネガティブに捉えることもできてしまうからです。

それは、否定でもあれば、学びの放棄でもあるからだ。


それが、学びであると感じた。


私の見えている世界は、そんな綺麗事をさらっと口にできるような、半透明になるような弱い世界ではないと思った。

それは神の世界の一つだと思った。


『全ての人間が良い』

という世界だ。


人間というのは、自分の存在のため、正当化するために心の奥にある柱に『良い』という概念が存在する。

それを悪いと判断した場合、その核心が塞がれ、マイナスの感情で発さられる。


『他人に迷惑をかけなければ、貴方は良い、自分は良い』

『あんたが最低限稼げて、それで生きていければ、私はそれで良い』

『社会の規範を守っていればそれで良い』


という考え方というのは、

ただその個人の存在を放置する形になり、それは学びの一部を破棄するようものであり、自分で自分を閉ざしている部分でもあるだと思う。


しかし、真実の自分というものは、そう簡単で収まるわけがない。

だから、自分が閉鎖した分、他人に迷惑をかけて、助けを求める。

それがどのくらいの力かは、ニュースを見ていればわかるのではないだろうか。


何が正しくて、何が悪いのか・・・・。

その答えは

全てが正しくて、今はなにが必要か・・・ということではないだろうか。



全てが正しいからこそ、自己の正当化を強く持ち、意思を強く持って己の道を歩むこと。


これが、全生命体が生きる学びであり、


私が見えている神様からの視点だと感じている。




いい?

そういう神様レベルのような視点で、

『どうせ、いつかは平和になる。』

『いつかはアセンションして変わる』

っという自己と世界を放置しているような自分を作っていては、

そんな大自然の世界は容赦なく、瞬時に置いてけぼりにされる場合もあるし、

自分の存在は押しつぶされていくだけ。

強い意思を持って、幸せと変化・・・もしくはさらなる拡張と成長と充実を求めていかなければ、

結局、人間が作り出した、全知全能絶対的なエゴな神様の世界を行くだけである。



その始まりが、被害者意識へと始まるのだ。


自己の正当化と意思が弱く、


結局、自分は正しい正しいと被害者意識に、世界が悪いという所為にしていく。


上記のその綺麗事の部分では、

まだまだ自己の存在意思と学びが弱いと私は感じた。


そのままでは、上記のような絶対的な神様に出来上がっていくかもしれない。



・・・なんてことを、アセンション前によくみんなが書いていたような記事を書いてみたが、趣旨を戻して、

具体的には、






まぁ

中国の悪口を聞いてあげましょう。

日本は迷惑を受けましょう。


できるだけ、
怒らず、悲しまず、傷つかず、ただただ、お話を聞いてあげましょう。


それが良いということではないだろうか・・・

っと私は思った。





『親』


の大切さに気づくことです。


今の中国が幼稚と思うなら、

今の韓国が幼稚と思うなら、



日本に求める限り、日本が親になってやってもいいと思う。

そのうち、本当の親は中国政府だということに気づくだろうと信じて。



これは、

誰でも、いくつになっても、親というものは求めているのだと私は思った。


それはときに、

神様が、親になる必要だってある。



これが、『迷惑をかけて生きていく』最高最善の概念だと、

私は感じた。




幸運と幸せ引き寄せる覚醒ワーク
http://ameblo.jp/spiritualtraveler/entry-11752271254.html
幸せと充実を拡張していきましょう!
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ひみつのちから(のほほんワールド)

ちょっと視点を変えると、実は違う世界が広がっていたりする、そんな日常生活での気づきをお届けする、のほほんワールドをお伝えしていきます。




ひみつのちから





どうも、ひねくれすぎての難解シリーズ・・・のほほんワールドです。

私自身、日記もひねくれてて、天邪鬼とも言われてるようです。

名前を変更して天邪鬼のしようか・・・・なんてね。






今日は、ちょっと本当のことだけを少しだけお話します。

でも、覚醒プログラムの内容にもなってくるので、ひねくれますね^^:




実は正直言って、


私が本格的に使っているエネルギーや私のつがなっている世界には、名前なんて無いんです。



なぜか?って

その存在やエネルギーが名乗らないからです。


よろしくない存在は、簡単に名乗ってきましたが、

今では、私のエネルギーを信用しているせいか、

名乗ってこなくなりました。

もしくは私が名前なんて信じていないか。






名前や形を意識していると、実は、人間レベルで意識できるエネルギー体に収まっちゃうから、

私が、大神様から依頼がくるお仕事や未知のお仕事を依頼されたときは、名前はあまり使わないです。




大天使ラファエル

大天使ミカエル

アバンダンス女神

ギリシャの神々、

日本の神々、


そうやって名前で引きつられる現象を見ていると、どうしても宗教的な人間的な、崇拝的なエネルギーを僅かながらでも感じられるからです。



だから、お仕事上、もしくはプロテクトの際にだけしか、名前は使わないことにしております。

名前を載せても、やはり引き寄せられる人々は、必要なエネルギーで引き寄せられるようです。それがスタンスなのかもしれない。



あと、私が遊びに行く世界は、この宇宙にはないエネルギーや未知の存在であることが、
最近わかってきました。



私は、元々言葉で会話するのではなく、ハートで会話する生命体でもあったので、彼らはそれで会話することが好都合だということ。



私は、神様、神様、神様、神神神、と言ってますけど、


その文字、一つ一つが違う神様を示していることは確かであり、


名前がないから、神様と呼んでいるだけでもあります。




未知のエネルギーを少し使っている唯一のセッションが、

パーフェクトフルセッションでもあれば、

日記にはアップしていない最近行なっている

ロストフルセッションです。



そして、覚醒プログラムの、『ウルトラリズム・クリエーション 』と『エレメンタルイニシエーション 』

では、そんな未知のエネルギーを使って、神様とご先祖様とつながっていきます。





皆さんも、名前が解らないものには神様と名前をつけてみては如何でしょうか。


それが、悪魔や幽霊だったとすると、

意外に、彼らは自分の正体を見せたりするんですよ。。



でも、エネルギーホールドがもろいと、攻撃されたり支配されちゃうから、気を付けてね。



そのくらい『神様』っていう大自然の言霊って高級なのかもしれないです。




神々のエネルギーを降ろし、大自然とマザーアースのエナジーを与え、幸運と高度な波動に高めていく神々のスピリチュアル大イベント(毎月開催中)
○エレメントイニシエーション(定員八名様のみ)
エレメントイニシエーションの詳細はこちらから
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欲望は自分が決めたこと。(のほほんワールド)

ちょっと視点を変えると、実は違う世界が広がっていたりする、そんな日常生活での気づきをお届けする、のほほんワールドをお伝えしていきます。



欲望は自分が決めたこと。




やってまいりました、のほほんシリーズ・・・・・

これを書くたびに、お友達が減ったり、また増えたりして・・・・・

私自身、誰かに説教されているようで、それ自体がエネルギーの変化のように感じて大変大変・・・・全くなシリーズです。







よくセッションを受けようか受けないか迷っているクライアントさんの相談を聞いているとき、


時にこんなクライアントさんがおります。


どんなに光や愛を送っても、意識が変わらない人。


どんなに気づきや喜びを伝えても、本当の聞く耳を持たない人。



クライアントさんはしっかり聞く耳をもっているのだと思います。

私を信じて、私を真剣に見ようとしている。

その意思には、とても感謝しております。




しかし、それでも変化しない人がおります。


それはそれで、人それぞれの変化だし、縁あるかないかなんだから仕方がない。

私の学びであり、クライアントさんの学びだ。




っと言いたいところだが、

こののほほんシリーズが、そんなまるい話で終わるわけがない。





これはあくまで私が出会ってきて通り過ぎていったクライアントさんたちを見てきたお話だ。





どんなに大切なことを伝えても、どんなにそのクライアントさんが必要としているハイヤーセルフの言葉を伝えても、


そのときに限って喜び、反対の耳から流れていく人もいれば、

解っていながら、意思が動かない人・・・・。

また、考えることや想像することは、人の数倍にあり、素晴らしいものを持っていたりするのに、それが意志として動けない人がいる。



私は、試しに、最終的に嫌われる覚悟で、そんなあるクライアントさんだけを少々追い詰めて、真実を探ってみました。


自分で動かなきゃ行動できないよ。

動かなきゃ、変わらないよ。


私がそう深く説得してみると、

クライアントさんが帰ってくる言葉は・・・・

『わかってる、わかってる、』


そして、本当の心は


そうなの・・・だから私(オレ)はダメなの・・・・


と聞こえてくるのです。

そして、クライアントさんはまたワンパターンな日常生活に戻っていきます。


あんなに会社を創るとか、クライアントさんの中には本気で良い小説書くって決意しておいて、

結局、クラブに遊びに行ったり、異性とのマンネリ化した関係や依存関係に戻っていったりしていくのです。




そして翌日、セッションを受けるか受けないかの相談をしてくると、

また同じような話をしてきて、相変わらず過去のことに対して、

『ハイヤーセルフはなんて言ってる?』

『あーびたーさんならどう感じますか?』

っと私のサイキックな才能に何かの期待を求めてくる。


そして、私は

愛と光の言葉を伝えると、クライアントさんは喜び、

『私は頑張る!私は変わる!』

と決意して、また変わらない日常生活へ戻っていく。




反省しても、多少な気づきを得ても、少しずつ変化していても、

一ヶ月経つと身長が1ミリしか伸びていないような変化で、

なにも変わっていなかったりする。





これでは、スピリチュアルとかなんとか以前に、

内科のカウンセラーをやってるようなものだと私は感じた・・・・・・・。

私に医師の資格はない。





さぁ、さらに嫌われる覚悟で、クライアントさんの真実を掘り起こしていこう。



なぜ、動かないの?

と聞くと

『動いているよ、今日はあれした、これした』

と、なぜか会社の上司に細かい報告をするかのようになる。まるで若干、私を恐れているようにも感じた。

これでは、クライアントさんを束縛してしまい、良くない方向へ行ってしまう。




自分はどうしてダメなんだろうか・・・

って心で聞いて見た


自分は落ち込んでいる。


っと帰ってきた。


その心の言葉のエネルギーで、私は何となくすべてに気づいた気がした。

だから、私は聞いてみた。


クラブって楽しい?
恋人好き?

『もう別れようと思っているし、クラブになんかもう行かないとやめようと思っている』

っと相変わらずの否定の言葉が返ってきた。


本当は、クラブも、別れようと悩んでいた恋人の事も好きだということが分かった。

本当は、大好きなのだ。


自分の意識では嫌いと拒絶しているが、それをやめてしまえば娯楽もなければ、ただただ寂しさを生むから、そこへ向かうのだ。


いろんな深い原因や心理が関わっているのはわかっているけど、そんなめんどうなことは抜いての話で、

クライアントさんが動けない理由はただ一つ、


欲望まみれだということ。


自分より欲望が先に動いているということ。




異性の愛やクラブというのは、自分を忘れさせるための欲の流れだということ。


そして、さらなる真実を掘り起こせば、

それは僅かながらの契約となっているのです。


『恋人が好き』
『クラブが好き』


ではなく、寂しさがなく、楽しんでいる自分が好き

恋人といて現実を忘れ落ち着く自分が好き



この意思のエネルギーが、強く受け継がれ、

どんなに離れようと、やめようとしても、契約がある限り、引き寄せられ続ける。

欲望は力に過ぎない。契約通りに動かすための力に過ぎないのである。


そのクライアントさんにとって、自分が欲望に負け、契約に支配されているということ。


そんな三次元レベルに飲み込まれていては、三次元レベルから環境を変えて変化させていくしかない。

例えば、一年くらいは実家に帰って、親の下で生活するとか、

現実世界から、とにかく欲のエネルギーを薄くし、解約していく必要があるということ。





これはまだ、マシな方なクライアントさんだ。

多いのは、ドМな人だ。


どんなに伝えても、変化がない人は、

実は、それ自体が快楽だったりする。

指摘され、さらに自分で自分を追い詰める人。


『だから私はダメだ』

とか

『私は最低な人間でしょ?』

セラピストの前で、自分で自分を追い詰め、マンネリ化を止められない人。

この一連の流れ自体が、自分を縛り、それが快楽で、好きになっていたりするのだ。

だから、話を聞いていると、あまり宜しくない恋人を付き合っていたり、宜しくないところに出没たりする。



その真実は、契約をすること自体が好きなのだ。



あくまで、

本人の意識は、なにも感じていないし、セラピストの前では変わろうとしか思っていないのが確かであり、本人はただ悩んでいるとしか見えていないのが前提である。





さて、ここまで複雑にゴタゴタと説明してきましたが、ようやく本題に入ります。




欲望は、力であり、それを操作する何かがある。

それが契約と言いました。



じゃ、その契約の正体って何か?



それは、自分が好きだからってことなんです。


それを行ったり行為することが、自分が幸せで、自分が好きであるということ。


だから、自分はそれでいい。


こんな幸せはない!

これほどの幸せはどこにもない!

自分の最高はこれだ!

最高にきもちいい

そんな自分が好きだ!

これが自分なのだ!




これらが、契約内容になり、これが魂レベルまでインプットとされていくのでしょう。



どんなに生活習慣を変えようとしても、

どんなに反省しても、

中々自分を変えることが非常に難しいのです。


なぜなら、それは”自分の良い”・・・つまり自分の幸せを否定していることでもあれば、

それが自分であり、それが自分を否定しているからなのです。




これが契約の極みであり、欲の強さでもあります。

そして、小我や悪魔の武器でもあり、エネルギーがずれていくカラクリでもあるのです。







そして、本題の真実を伝えれば、


その契約やその幸せは全て、自分が決めたことになるのです。


麻薬、人殺し、依存


それをすることで、魂が幸せになる・・・・・




果たして、そんな事を学びに魂は地球にやってきたのでしょうか・・・・。




自分で自分を追い詰め、

自分で自分を決め付けることで、


自分にはこれしかなかった!

自分にはこれが良い!

という結論で行動に出る。


そんな狭い事柄で”幸せ”と決める付けることは、きっと人は苦しむでしょう。




だから、事が起きてしまい、人は後悔や嘆いたとき


『私は幸せになりたかったの!!』


っと叫ぶのでしょう。




そう、その無意識に叫んで出てきた『幸せこそ』が、充実と喜びであり、


それは依存も恐怖もない、

平和という無限大の幸せを気づくために成長を求めるのです。






そう考えれば、人の言うその幸せというのは、


欲望でもあり、


それは、自分で決めつけた幸せに過ぎないのです。

そして、欲望は自分が決めて、自分に行動していることに過ぎないことが見えてくるでしょう。



無限大の幸せに気付き、真の幸せを引寄せていくスピリチュアルワーク覚醒エンライトメント
http://ameblo.jp/spiritualtraveler/entry-11686761199.html









ちなみに、上記で語ったクライアントさんは、セッションを受けることに決意し、少しずつ契約が薄れております。

共に頑張っております。
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プロフィール

スピリチュアルな旅人

Author:スピリチュアルな旅人
現実は魂の学びのため、幸せのため必要としているのだと思います。

だから、無駄な人生だとか無駄な時間だとか、そういう考え方ってなかったりする事に気づくことで、世界は自分で変えられることが分かってきます。

全ては自分が創り出していくことを覚えておくと、この先、楽だったりもします。


人生如何に楽しめるか・・・いかに幸せになれるか・・・それが大切です。

そんな暇人が口説くスピリチュアルなブログです☆

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